沈脱初体験(その2)
ここでタイトルの沈脱について説明しよう。
カヤックで転覆することを業界用語で沈(ちん)と呼び、その後、艇から脱出して泳ぐことを沈脱ないし脱艇と呼ぶ。
先生が「時間があったらロールの練習もしましょう」と言う。
ロールというのは沈しても脱艇せずに乗り込んだまま起き上がるテクニックだ。
昔はエキスパートの技だったが、現在ではホワイトウオーター(白波が立つような流れの激しい所)で遊ぶには必須とされている。
まずは芝生の上で艇に乗り込みイメージトレーニングだ。「いいよ!そう、その感じ。」おだてられ盛り上がっていく私。
借り物のウェットスーツに身を包み、艇を軽トラに積み込みエントリー地点に向かって出発だ。
エントリー地点は鷲敷温泉入り口の潜水橋の下だった。
川幅は狭く結構な流速だ。こんな流れの中は漕いだことがない。急激に高まる緊張の中、私は艇に乗り込んだ。
乗り込んだ瞬間、私は慌てた。ひどく不安定で、しかも真っ直ぐ進まないのだ。
今回から使うダウンリバーボートはいままでの初心者講習用と違い、容積が小さくキールラインが無いためだ。
「ここでちょっとフェリーやってから下るよ」と先生。
フェリーとは流れる川を直角に横断するテクニックなのだが、真っ直ぐ漕ぐことすらままならない私はどんどん流される。
その度に漕ぎ上がっては繰り返したが、全く出来ない。
「じゃあ行こうか」先生にも見切りを付けられたようだ。
「最初は真ん中から入って、川が左に曲がっていくんでそこで左寄りに行け。
右に行ったらあかんぞ!」と先生は言いながら瀬に入っていく。
一瞬その姿が頭しか見えなくなる、結構落差があるようだ。
カヤックは水面に座っているようなものなので思っているより見通しが悪く(幼児の目線)直前まで瀬の様子がよく分らない。
初めての瀬突入に興奮が最高潮に達した時、3段続いている大波が現れた。
バウ(舳先)が波の中に潜る度にその波や飛沫を浴びて前が見えなくなる。
沈の恐怖にガチガチのまま大波を抜けると、「漕げえ!そっち行ったらあかん。左じゃぁ、左!」訳も分らず漕いでいるとたまたまうまく流れに乗って先生のいる瀞場(とろば)にたどり着いた。
「ガチガチに固まっとる。もっとリラックスして、漕がんといかん。」と先生。
もし右の方へ行ったら、エディー(渦)に入って出てこれなくなるという。
増水時にライフジャケットも着けない舐めたカヌイストがここで渦にまかれて死んでいて、底にもカヌーが幾つか張り付いたままだそうだ。もう少しで入ってしまう所だ、危なかった。
瀞場と先ほどよりは素直な真っ直ぐな瀬が交互に現れる。真っ直ぐ漕げないので瀞場では先生にどんどん置いていかれながらも、お地蔵さん状態でなんとか瀬を沈せずにクリアし続けた。
次に遭遇する瀬は、今年の夏に水死者の出ている所だ。
左岸よりだと最初の落ち込みはやや大きめだが後は素直だ。
右岸よりは本流で流れが強く途中に大岩があってシケイン状に曲がっている。
当然そんなことは全然知らない私は、先生に導かれるまま右岸目いっぱいの本流ラインに乗った。
岸から出ている竹の葉をくぐると、流れは大岩に当たりつつ左下に落ちて左岸からの流れに合流して右に曲がっているのが見えた。
「げげっ!こんなん行けん。」と思いながら流れていくと、案の定合流部でついに沈した。
初心者講習用カヤックは開口部が大きいのとカバーが無いため沈してもすぐに抜けられる。
しかし今回のように激流を下る時はスプレーカバーという女性のスカートのようなものを履いてカヤックに乗り込み、それで開口部をカバーして水が入るのを防ぐのだ。更にこの艇では強力なゴムでスプレーカバーを固定してある上、開口部が狭いので抜けにくいのだ。
私は返った艇の下で容易に脱出出来ないことが分かりパニックに陥った。
次回につづく