今年はロンドンオリンピックの年。
「センターポールに日の丸を」をスローガンに日本の水泳陣は選手強化に取り組んでおります。
徳島県の水泳選手にとってもオリンピック出場は大きな夢でありましたが、選手諸君、コーチ陣の並々ならぬ努力により、今から20年前の第25回バルセロナ大会(バンデワーレ・泰広)のオリンピック出場を皮切りに第26回アトランタ大会(源純夏)、第27回シドニー大会(源純夏)、第28回アテネ大会(柴田亜衣、永井奉子)第29回北京大会(柴田亜衣)と5大会連続、徳島県出身選手が出場できたことは徳島県の誇りであり、改めて関係者に感謝と敬意を表する次第であります。
残念ながら今年のロンドン大会には選手を輩出することができませんでしたが、後に道ができたことは確かなことであります。
戦後、日本の水泳界に大きな旋風を巻き起こした偉大な選手、後の日本水泳連盟会長であった故古橋廣之進氏は「泳心一路」の中で、「戦争が終わって再び水泳ができるようになった時、魚になるまで泳ごうと思った。私の目標は、世界一になることだった。だから人の何倍もの練習を苦しいとも思わなかった。人間というものは大きな目標を持って、一筋に努力し、工夫し、苦しみにも耐えてこそ大きく成長していけるものだと思った」と語っています。今、徳島県の選手諸君に求められることは、古橋氏の泳心一路をしっかりと噛みしめ、競技会においては、失敗を恐れず、勝つことに執念を燃やして果敢に挑戦することにあると思われます。そのことが強い水泳徳島、勝てる水泳徳島の構築につながることであります。
幸いにして、競泳、飛び込み、水球陣ともにジュニア層の台頭が芽生えてきたことが今後の大きな楽しみであります。選手諸君には、勝つことに執念を燃やし、日本水泳連盟の登録選手としての誇りと自信をもって精進をしてほしいと思っております。
少子化による登録選手の減少、学校水泳の衰退、競技会、強化練習会場の確保等々まだまだ課題は山積をしております。
当連盟の主役である選手諸君のために、関係団体をはじめ関係者各位のご理解とご指導をいただきながら一歩ずつ課題解決に努力してまいりますので、今後ともご支援・ご協力をお願い申し上げます。
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